Sing a song for today

明日を憂う前に、今日を生きる。今日を唄う。

2014.5.11 舞台【コルトガバメンツ〜ハジメのハジマリ〜】@パルコ劇場


記念すべき初日! F列の下手側で観劇。

※ネタバレ注意!※

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★内容
・「正しく生きる」とは何かを問われる作品だった。主人公の真っ直ぐに進む様があまりに不器用で、それこそ小学生のときの「真面目すぎる」自分を想起した。
自分なりの正義に従って生きれば生きるほど、行き詰まり、息詰まる。悪いことをしている訳ではないのに。かと言って周りに流されてしまえば自分を許せなくなる。苦しかった時代を苦々しく思い出しながら観た。

・信ちゃんもアキもゾメも、そして部長だって、なんだかんだで悩みを抱えていたのが堪らなくリアルに思えた。私自身は働き始めたばかりで、仕事のことは何もわかっていないけれど。判断を迫られたとき、「正しく」選択できるだろうか。後悔するものだとは言っても、怖くなってしまうのは当然のことで。正義を貫く勇気を持てるだろうか。

・肇が信ちゃんの息子に向けて「みんなと同じ学校に行った方がいい」と言うくだりでは涙が出た。逃げずに向き合う勇気。一緒に居られることの大切さ。「友情」は確実にキーワードの1つになっていて、変わったようで変わらない、あるいは変わらないために変わってきた4人は今も昔も『コルトガバメンツ』なのだと思えた。

・最後、コルトはゴミ箱に棄てていいの!?って思ったけど、あれは比喩なのかなと。肇はコルトがあればみんなが遊びに来てくれると思っていた、つまりあれはみんなとの繋がりの象徴であり希望だった。今後は恐らくFacebookで繋がっていけるし、実際に会うことも出来るから、もうコルトは必要なくなったんだろうな。

★演出
・画面や音響の、ゲームのような無機質さに現代らしさを感じた。Facebookも「繋がり」の手段として出てくるし。

・撃つ音がリアルでビビったし、部長と対峙するときの耳がキーンとする音はちょっと辛かったな。部長が亡くなっているが故の音なのかな。
お手洗いの音やお茶を淹れる音で襖の向こう側を想像できて、限られたスペースにも奥行きを感じた。
随所に流れるBGMのイメージはルパンやシティハンター、jazzyな高揚感が堪らなかった。

・「さつきのおばちゃん」、出てこないのに相当存在感がある。肇のお母さんも、実際に誰かが演じた訳ではないのに襖の向こうに居るのではと思えたし、5人しか居ない舞台で多くの人の存在を感じた。

・ひとつの場が人や音によって幾つもの場に変わりゆく、そんな舞台の面白さを改めて感じた。藤ヶ谷さんと升さん以外のお三方は一人二役を演じていたし、肇の部屋は風景を変えぬまま、音や小道具により居酒屋やオフィスになっていた。また居酒屋など「夜の店」の看板が灯れば現在、消えれば過去になっていた。
スーツ姿で黄色い帽子をかぶりランドセルを背負うと小学生に見えてきてしまうのも、舞台ならではの魔法だなと思った。それが限りなく「生」の空間だから成り立つこと。

★カーテンコール
1度目はお一人ずつ登場。
2度目は全員で登場、手を取り合って掲げてお辞儀。
藤ヶ谷さん、1度目のハケるときには手を振ってくれて、2度目のハケるときには肩をすくめてみせて、歓声が上がってた。笑

★その他
・これは舞台のせいじゃないんだけど、「え、そこで笑う?」みたいな、お客さんの反応にモヤっとする瞬間があった。シリアスシーンに挟み込まれるコメディ要素は受けとめ方が難しいなと。

・随所に藤ヶ谷さんの要素が散りばめられていて笑った。冒頭で「ひゃっはー!!」とふなっしーの如く走ってみたり、聖徳太子ゲームで「身体の好きな部位」というお題に「おでこ」と答えてみたり。。他の方にも小ネタがあるのか気になる。

・下手だからよく見えたんだけど、全シーンが終わってハケていくとき、藤ヶ谷さんが安心したように笑みをこぼしていたのが印象的だった。無事に終わって良かったですね。あと「キラキラ感を消していく」と仰っていたけど、立ち方がやっぱりまだアイドルだった。小学生のときもちょっとかっこいい立ち方になってた。笑

・初日らしく皆さんの台詞が飛んだり噛んでたり(それも舞台の醍醐味!)、これからどんどん熱量を増していくのだろうなと思った。出来ればもう1度観てみたい。


(追記…パンフにて「小学校の思い出」というお題にも関わらずSexy Zoneマリウスくんの可愛さに言及する藤ヶ谷さんは揺るぎないなと思いました)