Sing a song for today

明日を憂う前に、今日を生きる。今日を唄う。

ファッションは、生きている。

10月9日付の文章。

 

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昨日観賞した【絶命展~ファッションの秘境】@渋谷パルコミュージアム。
現在は「死の四日間」として、空間全体に生気が無い状態。10日からは復活期となるそう。
そもそも命が無いのだから、マネキンが「死んでいる」とは不思議な感覚だと思ったけれど…人の形をしたものがバラバラになっていれば、失われた命を嫌でも意識してしまう。(グロ耐性無い方にはオススメできません…)
 

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「ファッションって、アートなんだな」と改めて思わされる、自由な表現が沢山あった。何だってアートにはなり得るのだけど、表現方法の一種として、改めてファッションを意識。そもそも単なる「お洒落」ではなく、スタンスを表したり、いろいろ出来るんだよね。(ファッションは詳しくないので、小娘の戯言としてスルーしてしまうか、レクチャーしてください。待ってます)
 
 
本展示の主催者のお言葉。
“……ファッションは儚く、死んでしまうもの。けどいつか輪廻のようにまた姿を変えて生まれ変わります”
 
思い出すのは、数年前に流行った、カンカン帽。
たまたま観ていた「耳をすませば」の中で、雫ちゃんがかぶっていて。何十年も前に流行っていたのだ、繰り返しているのだ。と気づかされたのを覚えている。おじさんも被ってたんだよね、あれ。
 
数年前にはルーズソックスも、10年ぶりくらいでまた流行っていた。スパッツはレギンス、オーバーオールはサロペットになった。股引とババシャツがヒートテックになったのは、ずるすぎると今でも思う。アイテムだけではなく、柄やコーディネートの流行り廃りも、繰り返されている。これはまさに輪廻。生きて、死に、また生きる。
 
 
ふたたび主催者のお言葉。
“人はよく生まれ変わりたいと思います。そのためには死ぬ覚悟が必要なのです。
絶命が僕らの微かな希望となるのです”
 
ここで一度死ぬことで、僕たちは生まれ変われる。生まれ変わろう。ということなのかな。
生きている限り死ぬことはできるし、本当に手放さなければ、生まれ変わることも出来るのだ。
 
こういった展示を「読み解く」ことを怠ってきたのだけど、たまたま興味のあるものに出会えて、考えるきっかけになったというお話。
ファッションを「生かしている」のだと思ったら、もっと楽しめそうな予感。